2011年07月15日

ご無沙汰のお詫びと、震災ご報告と、今更(汗)な「ライゲート〜」四方山話、その1

10ヶ月以上もブログを放置してしまっておりました。
なんとと十月十日ぶり。(;´∀`)

ズボラには定評のある(無くて宜しい!)
私的にも記録的な放置。
ただただ猛省するのみです。m(_ _)m

時折twitterで短めに近況は呟いておりましたので
私の生存確認(^^;;は、して頂ける…という
安心感があったのも、
こちらがお留守になった一因ですが、
やはりtwitterの文字数では呟ききれない、
少し長く書きたいことも、本当はいろいろ御座いました。

世の中には、どんなに忙しくとも
外との約束はもちろん、
自分への約束を守られる方が、たくさんおられるのに、
工夫の無いまま「いかんなあ」と思いつつも
そのまま過ごしてしまっておりました。

良い歳をして、こんな反省文を書いているのも
恥ずかしい限りですが、
もう一度、心がけて参りますので、
こんな奴ですが、今後ともどうか宜しくお願いします!m(_ _)m

さて。

ブログ再開に辺り、まずは
4ヶ月前に起こりました東日本大震災で
お亡くなりになった方のご冥福をお祈りしますと共に、
罹災された多くの方々に心よりお見舞い申しあげます。
そして、被災地の一日も早い復興を、心からお祈り致します。

千葉県銚子に居住しております、私も
あの日は大学が春休み中で、
銚子の家で原稿を描いていた最中、
あの地震に遭いました。
あの日のご報告も、今更ですが、ちょっとだけ。

昔、千葉沖地震で震度5は2度程経験していましたが
今回はそれより長い時間の揺れで、大きく感じ、
何度も大きめの余震が襲って来るため、
家具が倒れ、ものが落ちてひどい状態の家の中には
怖くてとても戻れず、日の沈むまで近くの空き地で
暗くなるまで叔母と犬とで佇みながら、
仕事に出ていて連絡の取れない母の安否に
ただ気を揉んでおりました。

「日没して寒いくなってきたし、
(避難所になっている)近くの学校へ
移動した方が良いだろうか?
でも、もう少しだけ母を待とうか?」と、
叔母と思案していた夜7時を過ぎた頃、
津波で胸まで水に浸かったびしょびしょの母が、
夜、会社の人の車で送ってもらってやっと帰宅しました。

母の自動車は津波に流されて廃車となり、
我が家も屋根瓦がかなり落ち、壁も数カ所落ちて、
未だブルーシートを被ったまま。
3日ほどの断水や、数時間でしたが停電等、
不安と疲労の日々でした。

それでも東北3県などの、大きな被害に見舞われた方々の
お哀しみやご不便は、あの日の自分の恐怖、不安が
何倍もの状態で、今もまだずっと続いているのですよね。
そう思うと、本当にたまらない気持ちで一杯になります。

微力ながらも、私も自分に出来る事をさせて頂きたいと考えております。

日々、いろいろとご不便でしょうが、どうか希望を持って
今日の中に、明日の中に、楽しいこと、明るい事を見つけて
希望を持ってお過ごし頂けますように…!
日本中の、世界中の皆が、被災地の皆さんの幸福を祈っております!


…さて。
そしてこちらも。

これこそ、大変遅ればせながらのご報告ですが、
この春、3年以上振りに、大好きなシャーロック・ホームズを
描かせて戴きました。
110708.jpg
掲載誌は「サスペリアミステリー」(秋田書店)7月号。
5/24発売で、既に翌月号が発売されてしまっています。
(すみません!(;´∀`))
作品は「ライゲートの大地主」。
「シャーロックホームズの回想」の一編です。

ご存知の通り、作者のアーサー・コナン・ドイル卿の著作権は
既に没後100年を経過するため切れているのですが、
翻訳者の権利がそれぞれあるため、
全ての作品を簡単に漫画化出来るという訳では
今のところないんですよね。

その中でも、創元推理文庫で
「回想のシャーロック・ホームズ」等の翻訳をされた
深町 眞理子氏から「サスペリアミステリー」編集部に
ご許可を頂けているそうで、深町訳の作品から描かせて
戴いているのでした。
今回描かせて戴いた「ライゲートの大地主」も、そのうちの1本です。

実は、何本かの選んで良い候補作の中には「まだらの紐」も
あったんですよ。(オフレコですが。   …え?(;´∀`))
「まだら〜」も良いシーンの多い、大好きなお話しなのですが、
最終的に私が「ライゲート〜」を選んだのは、

1.ホームズ映像化の金字塔、グラナダTV作品になっていないこと、
(前作「緋色の研究」もそうでした)
2.この話のホームズとワトスンのやりとりが、ちょっと漫画的なこと、
そして何より(「緋色の研究」の時もそうだったんですが(^^;;)
3.「ドイル卿のこの原作に、ちょっと手を加えたい〜!」という
身の程知らずな欲求を感じた…という点でありました。

…そう、今回もやっちゃいましたです。聖典からの改変。(;´∀`)
原典至上主義の方、ごめんなさい!m(_ _)m
以下、少々ネタバレ?を含むので、こちらから
posted by ねもと章子/抄堂たく at 22:14| Comment(2) | 近況報告

2010年09月04日

20年前の今日、Berlinの地に‥。

初めて降り立ったのでした。ワタクシ。(^^ゞ

1990年の9月3日。
(あ、もう4日になっちゃってるよ。…でも、時差があるから
ドイツはまだ9月3日です。ギリギリセーフさっ!(^_^;))

‥まあ「初めて」って、あれっきり
行けてないんですがね〜。(^^;;

今年の夏は、ユーロ安だったし、再統一20周年だし、
あと全く関係ないけど(^◇^;)、
あの年も日本は猛暑で(今年に比べりゃたいしたことなかったけど(^^;))
高校野球の甲子園の決勝で、沖縄水産が惜しくも準優勝、
残念ながら「優勝旗を沖縄へ」の夢はお預けになったんですが、
それをついに今年、興南高校が成し遂げましたからね。
奇妙な符合を感じちゃって、なんだか一人で盛り上がってました。(^^ゞ

20年前、成田の出発ロビーで
甲子園の閉会式を観てから旅立ったせいか、
実はドイツを一人で歩きながら「栄冠は君に輝く」を
時々鼻歌で歌っていたんですよ。(^^ゞ

…って、ドイツとなんにも関係ないじゃん!って
叱られそう(誰に?(¨;))なので、与太話は置いておいて。

諸般の事情(お金が無いとか、お金が無いとか‥)さえ許せば、
本当に今年、行ってしまいたい気持ち、かなりあったのですが‥。
(せめて、今年から「25周年にはベルリンへ行こう貯金」
でもしようと、今、心に決めましたっ!( ̄ー ̄ )v)

で、ちょっとしみじみしてしまったのと、
昨日UPした、半月以上前の(^^;; 夏コミ報告で、
「ドイツ人の男の子を前に、
挙動不審なオバさんと化した私が
突如彼らに20年前のベルリンの写真を見せた」と
書いたので、折角だし、
その写真をupしてみることにしました。

こちらからご覧下さい。


同じベルリンでも、プレツェンゼー追悼所
(「7月20日ヒトラー暗殺未遂事件」の関係者などが
処刑された場所)の写真だけは、別に分けて
こちらにup
しました。

20年前なので、デジカメなんて当然まだ無い頃で、
しかも、普通のオートフォーカスカメラ。
横長の写真は、当時流行の「パノラマモード」って
ヤツですが、ただ上下切ってるだけなので、
画像が他のより荒かったりするんですよね。(^^;;
FH010010.jpg
そのネガフィルムを、
写真屋さんで
数年前にデータ化して
CDに焼いてもらった
ものなので、所々にゴミが写り込んでいたり、
経年の為に若干の日焼けをしているなど、
あまり良い写真でないのですが、
どうか、ご了承下さい。

空港のX線除けの為にフィルムを入れる、
鉛製のフィルム袋に
詰められるだけの量のフィルムを持って、
ベルリンに着く迄に
ローマ、フィレンツェ、ミュンヘン、ダハウ、
フランクフルト、ニュルンベルクを周って、
ここ迄で、既にかなりの本数を消費してしまっていて、
「こっちで買っても良いけど、随分割高だなぁ」と、
そんな印象だった(キッパリ貧乏旅行でした!(^^;;)ので、
いまから思うと「全然何も撮ってない」感じです。(^^;;

(しかもローマでやたらと猫を撮ってしまった。
今ならデジカメだから消せるが、
当時は現像された猫の写真が恨めしかった。
自分で撮ったんですけどね。(^_^;))

撮影okな場所でも、パンフレットがあるところは
フィルム節約のために撮らなかったしなぁ。( ; ; )

それにあの頃、本当に物知らずで、
まだプリンツアルブレヒト通りが
現在はニーダーキルヒナー通りになっていた…なんてことも
知らなかったので、その辺も行ってないんですよね。
(代わりに「アルブレヒト通り」はちょっと彷徨いた。(__;))

…だから、本当にもう一回、行ってみたいです。

再統一直前だったし、通貨もまだドイツマルクの時代でした。
昨年の世界陸上のマラソンで、コースになった市街の映像を観て、
見覚えはあるけれど、あまりにも違っていることにびっくりでした。

行かなくても、今やGoogle の航空写真やネットで、
かなり映像が観られるのですよね。
すごい時代になりました。(^・^)

でも、いつか、きっともう一度行くぞ〜!
(お金、貯めるぞ〜。(^_^;))
posted by ねもと章子/抄堂たく at 05:45| Comment(0) | 旅行記

2010年09月02日

いまさら、夏の宴のご報告とか…。

またしても。
気がつけばもう半月以上経ってしまいましたが‥(-。-; が、
今年も夏のコミケ(3日目・8月15日)に参加して参りました。

もう、次の冬コミの申し込みも済んじゃって
(それにはちゃっかり申込んでる訳ですが(^^;;)
「このままだと、また『報告、書き逃しちゃった‥( ; ; )。』になっちゃう〜!」と、
最近の酷すぎる己のブログ放置を反省致しまして。

「え?今さら?」というお声もありましょうが、
宜しければ、しばしおつき合い下さいませ。m(_ _)m
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まずは、参加された全ての皆様、お疲れ様でした!

今年の夏は、いまだに続く連日の猛暑。
あの日も日差しが強く、日中は35度を超える暑さ。
それにもめげず、相変わらずの、
すごい人、ひと、ヒト!の波でしたね〜!TS3N0122.JPG

 (写真は、この日頂いた
 「熱中症予防モード」な
 差し入れの一部。
 感謝!!! 梅の塩気と
 酸味に癒されました。m(__)m)

そして、海外からの方も回を増す毎に増えている気がしました。
(見た目で外国の方と分からない、東洋系の方は、
きっともっと多かったでしょうから、かなりの数だったでしょうね。)

でね。 でね。
まず、言わせて〜!(^◇^;)

なんと、今回、ついに私の本も、
西洋人のお嬢さんに買って頂けちゃったんですよ〜!\(^o^)/

ご両親(らしき大人男女2人)と3人で周られてた彼女は、
ブロンドの巻毛を結って、麦藁のカンカン帽をかぶり、
花柄の可愛らしい綿ドレスという、
コスプレじゃないけど、題して
「プチトリアノンのマリー・アントワネット」な感じの
とても可愛い女の子!
日本語で「これ、下さい。」って。(=^-^=)むは〜!

お買い求め頂いたのは、昨年発行の「Dullahan」だったんですが、
私、何しろ出してる本が、ナチスの将校を主人公にしているのも
あるものですから(^^;;、
隣で揉み上げが立派なお父さんが、
ちょっと怖い顔で検閲するように(そう見えちゃうんですよ、つい、ね。(^^;; )
「そっち」の本を、パラパラめくっているのに
メチャクチャびびってしまって、
お国は何処?も、聞けず仕舞い。
ちょっと残念なことをしてしまいました。

で、勝手に「認定フランス人」ということで。(おい)

あと、買ってはくれなかった(^^;; けど、
ドイツ人の男子2人が「Das Geburtsjahrhundert」
指差して、ゲラゲラ笑って近づいてきて、
しばらく立ち読みして、ページをめくっては大爆笑していきました。

どうやらドイツ語を見つけたのがツボにハマったようです。(^^;;
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posted by ねもと章子/抄堂たく at 16:45| Comment(3) | 近況報告